
こんにちは。どっち道ライフ、運営者のどっち探究人です。
今日は、日々是好日と日日是好日はどっちが正しいのか、検索してここにたどり着いてくれたあなたと一緒に、この奥深い禅語をじっくりほどいていきます。「日々是好日 日日是好日 どっち」と検索すると、日々是好日の意味や日日是好日の意味、どっちの表記が正式なのか、日日是好日の読み方はにちにちこれこうにちなのかひびこれこうじつなのか、日々是好日は誰の言葉なのか、座右の銘にしてもいいのか、英語ではどう表現するのかなど、気になるキーワードがたくさん出てきますよね。
さらに、日々是好日の映画や本のイメージから「毎日が良い日って、さすがに無理じゃない?」と感じている人も多いと思いますし、禅語としての本当の意味や由来を知りたい、使い方や例文を知って日常でちゃんと活かしたい、という声もよく聞きます。調べれば調べるほど情報がバラバラで、「結局、日々是好日と日日是好日はどっちが正解なんだろう…」と余計に混乱してしまった人もいるかもしれません。
このページでは、そういったモヤモヤを一つずつほぐしていけるように、日々是好日と日日是好日のどっちの表記を選べばいいのかという素朴な疑問から、意味・由来・読み方・誰の言葉なのか・座右の銘としての活かし方・似た言葉との違い・英語表現まで、流れにそって整理していきます。専門書のような難しい漢文の話はかみ砕きつつも、禅語としての背景はしっかり押さえていきますね。
記事を読み終えるころには、日々是好日と日日是好日はどっちをどう使い分けるとしっくり来るのかに自分なりの答えが持てて、意味や読み方、誰の言葉かといった基本もすっきり整理されているはずです。「ただの名言」ではなく、「自分の毎日を少しやさしく見るための道具」として、この言葉を手元に置いてもらえたらうれしいです。
・日々是好日と日日是好日の正しい表記と読み方の違い
・禅語としての本来の意味と座右の銘としての活かし方
・日常で使える具体的な使い方と日本語の例文
・似た言葉との違いや英語表現を通じた理解の深め方
目次
日々是好日と日日是好日はどっちが正しいか徹底解説
まずは、いちばんモヤモヤしやすい「日々是好日と日日是好日、どっちが正しいの?」という疑問から片づけていきます。ここがあいまいなままだと、意味や座右の銘としての使い方を見ても、なんとなくスッキリしないままになりがちなんですよね。このセクションでは、誰の言葉なのか、どう読むのか、そして禅語としてどんな由来があるのかを、順番に整理していきます。
誰の言葉として知られるかを解説

日々是好日(あるいは日日是好日)は、中国の禅僧・雲門文偃(うんもんぶんえん)の言葉として伝わっています。時代でいうと、唐の末期から五代十国という、かなり激動の時代です。日本の歴史でいうと、ちょうど平安時代の前半くらいのイメージですね。そんな不安定な時代背景の中で、「日日是好日」と言い切ってしまうあたりに、禅のスケールの大きさを感じます。
雲門文偃は、禅宗五家七宗のひとつである「雲門宗(うんもんしゅう)」を開いた高僧です。禅宗では、師匠が弟子に投げかける「公案(こうあん)」と呼ばれる謎かけのような問答を通して、ものの見方をガラッとひっくり返すスタイルがよく使われます。日日是好日は、その雲門の公案の結びとして登場するフレーズなんですね。
このあたりの話は、禅の古典である『雲門広録』や『碧巌録』などにも載っていて、研究もかなり進んでいます。もちろん、原文はガチガチの漢文なので、そのまま読むと「???」となりやすいのですが、現代語訳や解説を読むと、「あ、日々是好日の元ネタってこういうシーンだったのか」と少しイメージが湧いてくるはずです。
ざっくりまとめると、日々是好日は
- 中国・唐末〜五代の禅僧、雲門文偃のことば
- 雲門宗という一派の開祖として、多くの弟子を導いた人物の発言
- 公案集(禅の実戦問題集)の中で、印象的な結びとして登場するフレーズ
という感じで、ただの「いい言葉」ではなく、禅の修行の文脈の中から生まれた一言なんですよね。
日本にこの言葉が伝わるときには、禅の僧侶だけでなく、茶人や文化人たちもこのフレーズに魅了されました。茶道の世界では、掛け軸に「日日是好日」と書かれたものがよく使われますし、現代ではエッセイや映画のタイトルとしてもよく目にするようになりました。
禅語がどうやって日本文化の中に溶けてきたのかに興味が出てきたら、高野山や比叡山などの歴史をたどってみるのも面白いです。たとえば、比叡山と高野山はどっちが古いのかを比較した記事も書いているので、背景を広く知りたいときは高野山と比叡山はどっちが古いのかを解説した記事も参考になると思います。
「誰の言葉か」を押さえておくと、日々是好日というフレーズが単なるポジティブワードではなく、修行者たちの真剣な問いの中から出てきた一言なんだな、という重みも感じられてきますよ。
読み方の違いと禅語としての由来

次に、多くの人がいちばん迷いやすい読み方の問題に踏み込んでいきます。日々是好日・日日是好日には、実際のところいくつかの読み方があり、それぞれ使われる場面やニュアンスが少しずつ違います。「これしか正解じゃない」という一本線ではなく、「場面ごとのベストチョイスがいくつかある」というイメージの方が近いです。
代表的な読み方のパターン
| 表記 | 主な読み方 | よく使われる場面 |
|---|---|---|
| 日日是好日 | にちにちこれこうにち | 禅の本・禅寺の解説・茶道の掛け軸など |
| 日日是好日 | にちにちこれこうじつ | 国語辞典・一般的な日本語解説 |
| 日々是好日 | ひびこれこうじつ | 小説や歌、映画タイトル、日常会話 |
| 日々是好日 | にちにちこれこうじつ など | 書道作品や個人の好みの読み |
禅の世界では、禅学辞典や古い文献の解説でにちにちこれこうにちという読み方が重んじられています。声に出して読むと、音のリズムが気持ちよく、「漢文をそのまま音読した感じ」が残るんですよね。一方で、一般的な国語辞典では、にちにちこれこうじつやひびこれこうじつが載っているケースも多く、「日本語として自然に口から出る読み」として扱われています。
禅語としての「音」のこだわり
禅の世界では、「どんな音で発するか」という点も、じつはかなり大事にされます。同じ漢字でも、読み方が変わると、そこに込めるニュアンスや気持ちの置き方が変わるからです。にちにちこれこうにち、と読むと、少し古風で厳かな雰囲気が出て、「あ、これは禅寺で聞こえてきそうな言葉だな」というムードになります。
禅寺や茶室の静かな空間で唱えるイメージなら、にちにちこれこうにち。日常の会話やドラマのセリフのような軽やかさを出したいなら、ひびこれこうじつ。このくらいラフに使い分けてしまってOKです。
もちろん、「この読み方をすると禅の教えから外れる」といった厳密なルールがあるわけではありません。ただ、禅語としての雰囲気を大事にしたい人たちの間で、「にちにちこれこうにち」という読みがひとつの「通っぽい読み」として意識されている、という感じです。
実用的な読み方の選び方
あなたがこれからこの言葉と付き合っていくうえで大事なのは、「周りがなんと言うか」よりも自分がしっくり来る読み方を持っておくことかなと思います。たとえば、
- ノートや手帳に書くときは、ひびこれこうじつと心の中で読む
- お寺の法話を聞くときは、にちにちこれこうにちという響きを楽しんでみる
- 禅や漢文に興味が出てきたら、にちにちこれこうにちの「原典寄りの音」も味わってみる
といった感じで、状況に応じて読み方を変えていくのもアリです。「どれか一つに固定しないといけない」というルールはないので、自由度は意外と高いですよ。
私自身は、
- 文章の中で紹介するときは「にちにちこれこうにち」と書くことが多く
- 日常でそっとつぶやくときは「ひびこれこうじつ」のやわらかさも好き
という感じで、気分と場面に合わせて使い分けています。
日々是好日 日日是好日 どっち?という問いと同じで、読み方も「どれか一つの正解だけを追い求めすぎない」ほうが、禅語らしい付き合い方なのかなと感じています。
意味を正しく理解するための基本

ここからは、いよいよ意味の話に入っていきます。日々是好日・日日是好日という言葉を初めて見たとき、「毎日が良い日だなんて、そんなことありえないでしょ」と感じる人も多いと思います。実際、私も最初は「なんかポジティブなスローガンっぽいな」くらいの印象でした。
「好日」は「ラッキーな日」ではない
最初に強調しておきたいのは、ここでいう好日は、いわゆる「ラッキーで楽しい日」という意味ではない、ということです。ラッキーな出来事があった日だけを「好日」と呼んでいるわけではなく、
- 晴れの日も、雨の日も、嵐の日も
- 成功した日も、失敗して落ち込んだ日も
- 嬉しい日も、悲しみにくれる日も
すべてひっくるめて、「その日をそのまま受け止めていく」という姿勢を指しています。つまり、「結果」として良かったかどうかとは切り離して、今日という一日を丸ごと肯定していくイメージです。
禅が目指している「ジャッジしない心のモード」
禅でよく出てくるテーマのひとつに、「分別(ふんべつ)を超える」というものがあります。分別というのは、頭の中でついついやってしまう「これは良い、これは悪い」「これは得、これは損」といったジャッジのことですね。もちろん、日常生活ではある程度の分別は必要なのですが、常にそれだけで世界を見ていると、心がとても疲れやすくなります。
日々是好日は、その分別から一歩引いて、「良い・悪いを決める前に、そのままの今日を味わう」というモードに切り替えるためのスイッチのような言葉です。たとえうまくいかなかった日であっても、
- 今日はうまくやれなかったな
- でも、それでも今日を生き抜いた自分はここにいる
- この一日も、人生の一部として大切な一日だったんだろう
と静かに認め直す。その感覚が、「好日」という言葉に込められています。
ポイントは、「ハイテンションでポジティブに考え直す」というより、「少し肩の力を抜いて、今日を丸ごと受け止め直す」こと。これが、日々是好日の核心だと私は感じています。
「完璧じゃない今日」もセットで抱きしめる
私たちの生活は、どうしても「完璧さ」を求めがちです。仕事ならノーミスを目指し、勉強なら高得点を狙い、人間関係も「いつも気の利いた自分でいたい」と思ってしまう。そんな中で、少しでもうまくできなかったところがあると、「今日はダメだった」と一日まるごと×印をつけてしまうこともあります。
日々是好日の視点に立つと、その見方が少し変わります。「たしかに失敗した。でも、その失敗のおかげで学べたこともあるし、今こうして反省できている自分もいる。それなら、この一日も好日として受け取ってあげてもいいのかもしれない」と、一日の評価が「×から△、いや◯くらいまで」ゆっくり上がっていく感じです。
ここまでの話をまとめると、
- 好日は「ハッピーな日」というより「まるごと受け止める日」
- 良い悪いのジャッジをいったん横に置くための禅語
- 完璧じゃない今日も抱きしめるための言葉
というイメージを持ってもらえると、ぐっと理解しやすくなるかなと思います。
この土台がわかってくると、「座右の銘としてどう付き合うか」「日常でどう使うか」といった話も、かなりイメージしやすくなってきますよ。
座右の銘としての価値と現代的意義

ここからは、日々是好日を「座右の銘」として自分のそばに置く価値について、もう少し深く掘り下げていきます。名刺に堂々と書くタイプの座右の銘もあれば、自分の手帳の端っこにひっそり書いておくような座右の銘もありますが、日々是好日は完全に後者のタイプだと私は思っています。
競争社会に疲れやすい人ほどハマる言葉
今の社会は、とにかく比較する材料が多いですよね。仕事の評価、テストの点数、フォロワー数、再生回数、いいねの数…。ほっとくと、頭の中が常に「評価メーター」で埋め尽くされてしまいがちです。その中で、「今日はダメだったな」と感じる日が続くと、自分に対してどんどん厳しくなってしまいます。
そんなときに、日々是好日という座右の銘は、ひとつのブレーキになってくれます。
- 「今日は結果が出なかったけれど、その過程でやった試行錯誤も含めて好日と見てみよう」
- 「今日は何もできなかった気がするけれど、ちゃんと休めた日として好日にカウントしておこう」
- 「うれしいことがあった日は、全力で好日として味わい尽くそう」
というふうに、日々の一コマ一コマに小さな◯印をつけていく感覚が育ってきます。
座右の銘として持つときの注意ポイント
ただし、ここで少しだけ注意しておきたいのは、日々是好日を「いつも前向きでいなきゃ!」というプレッシャーとして使ってしまわないことです。落ち込んでいるときに、「こんなに落ち込んでいる私なんて、日々是好日の教えから外れている」と自分を責めてしまうと、本末転倒ですよね。
座右の銘として日々是好日を掲げるときは、「どんな自分も否定しないための言葉」として使ってあげてください。心の調子が大きく崩れているときや、日常生活に支障が出ているときは、禅語だけで抱え込まず、医療機関や専門家への相談も早めに検討してみてください。心の不調や相談先についての信頼できる情報は、公的機関が運営するサイト(例:厚生労働省「みんなのメンタルヘルス」)なども参考になります。ここでお伝えしている内容は、あくまで一般的な心のヒントであり、医学的な診断や治療の代わりになるものではありません。正確な情報は公式サイトをご確認いただき、最終的な判断は専門家にご相談ください。
日常のルーティンにしれっと組み込むコツ
座右の銘をただ眺めているだけだと、どうしても「いい言葉だな」で終わってしまいます。日々是好日は、日常のルーティンの中にしれっと組み込んでいくと、じわじわ効いてきますよ。
- 寝る前に、今日を振り返りながら「まあ、これも日々是好日」と一度つぶやく
- 手帳の月初めのページに「今月も日々是好日でいこう」と書いておく
- しんどい日の夜だけ、「今日は正直つらかった。でも、これも好日のひとつ」と書き添えてみる
こういう小さなルーティンを重ねていくと、「完璧じゃない一日」を否定しにくくなってきます。座右の銘としての日々是好日は、あなたを前向きに奮い立たせるというより、「これでいいんだよ」とそっと肩の力を抜かせてくれる相棒のような存在かなと思います。
使い方のコツと日常への活かし方

ここまでで、「誰の言葉か」「どんな意味か」「座右の銘としての価値は?」というところを見てきました。次は、いよいよ実践編。日々是好日・日日是好日を、毎日の生活の中でどう使っていけばいいのか、もう少し具体的にイメージを膨らませていきましょう。
表記の使い分けをマスターする
まずは、日々是好日と日日是好日の表記の使い分けです。これは、日常での「使い方」の中でも、かなり実用的なポイントかなと思います。
- 禅寺・茶道・書道の世界観を大事にしたいとき:日日是好日(漢字だけの表記)を選ぶ
- 日記・ブログ・SNSなど、カジュアルな場面:日々是好日(ひらがな混じり)を使う
- 読みやすさ重視で、周りの人にも伝えたいとき:日々是好日(ひびこれこうじつ)を前提に使う
例えば、茶道の稽古場の床の間に掛けるなら、原典に近い日日是好日がぐっと引き締まります。一方、ライフログ的なノートや、あなたのブログ記事のタイトルにするなら、日々是好日のほうが柔らかくて親しみやすい印象になります。
シーン別・日々是好日の使い方
さらにイメージを掴みやすいように、「こんなときにこう使うといいかも」というパターンを挙げてみます。
仕事で落ち込んだ日の使い方
- 日記に「今日はプレゼンで大失敗。正直へこむ。でも、これも日々是好日。」と書いておく
- 次の日の朝、「昨日の失敗も含めて、ここから好日を更新していこう」と思い直す
何もなかったように感じる日の使い方
- 「特別なことはなかったけれど、静かに過ごせた。こんな日日是好日も悪くない」と振り返る
- ささいな出来事(コーヒーがおいしかった、夕焼けがきれいだった)を1つだけ書き出してみる
こうやって、具体的なシーンとセットで覚えておくと、いざというときに言葉が引き出しやすくなります。
「無理やりポジティブ変換しない」ことも大事
ここで、もうひとつだけ大事なポイントを。日々是好日を使うときに、無理やりポジティブ変換しようとしなくて大丈夫です。「つらい」「苦しい」と感じているのに、その感情自体を押し殺して、「でも日々是好日だから!」とテンションを上げにいくと、心のどこかに置き去りにされる思いが積もってしまいます。
「今日はつらかった。それでも今日を生きた自分を、ひとまず好日の枠に入れてあげる」という順番を意識すると、かなり健全な使い方になりますよ。
日々是好日は、あなたの感情を否定するための言葉ではなく、感情ごと今日を抱きしめてあげるための言葉として使っていきましょう。
例文でわかる心のあり方の実践

最後に、実際に日々是好日・日日是好日をどんな言い回しで使えばいいのか、例文をたっぷり紹介していきます。実際に自分の言葉として使ってみると、「あ、このニュアンス好きだな」「これはちょっと自分にはかたいかも」といった感覚がわかってくるので、ぜひ読みながらイメージしてみてください。
日常のつぶやきに使える例文
- 仕事で大きなミスをした一日だったけれど、学びも多かった。これもまた日々是好日。
- 今日は特別なことは何もなかった。でも家族と笑ってごはんを食べられた。静かな日々是好日。
- ずっと楽しみにしていた予定が中止になって落ち込んだけれど、ゆっくり休む時間ができた。これも日日是好日として受け止めよう。
- 雨続きで気分が晴れない。それでも、窓の外の雨音を聞きながら本を読めた今日も、日々是好日の一コマかもしれない。
手帳やノートに書きたくなる例文
- 結果がどうであれ、ここまで歩いてきた今日という一日を肯定したい。日々是好日。
- うまくいかなかった日こそ、あとで振り返れば大事な転機になっていたりする。今はただ、日日是好日と書き留めておく。
- しんどかった一週間の終わりに、「なんとかここまで来た自分、よくやった」と書いておく。これもまた日々是好日。
人に贈るメッセージとしての例文
- 大変なことが続いていると聞きました。それでも、あなたが今日を生き抜いたこと自体が尊い一歩だと思います。どうか、日々是好日の言葉をそっと思い出してみてください。
- 新しい環境で不安も多いと思いますが、晴れの日も雨の日も、きっとあなたの糧になっていきますように。日日是好日。
- うまく言葉が見つからないけれど、今のあなたの一日一日が、いつか振り返るときに「大切な日々だった」と思えるよう願っています。日々是好日の気持ちを込めて。
こうして見てみると、日々是好日って、ハイテンションな成功の瞬間よりも、「うまくいかなかったけれど、それでも今日を否定したくない」という場面でこそ活きてくる言葉なんですよね。
ぜひ、自分なりの例文もいくつか作ってみてください。ノートの端っこでも、スマホのメモでもOKです。あなたの言葉と日々是好日が混ざり合って、オリジナルのフレーズになっていくと、この言葉はぐっと「自分ごと」になってきます。
日々是好日と日日是好日はどっちを選ぶべきかの最終結論
ここからは、これまでの内容を踏まえて、「結局、日々是好日と日日是好日はどっちを選べばいいの?」という核心にもう一度迫っていきます。同時に、他の禅語との違いや英語表現、公案としての背景、現代の自己受容とのつながりも整理して、自分なりの答えを持てるようにしていきましょう。
似た言葉との違いと禅の思想比較

まずは、日々是好日・日日是好日に近いニュアンスを持つ、他の有名な言葉たちと比べてみます。似ているようで、実はフォーカスしているポイントが微妙に違うので、その違いが分かると日々是好日のポジションも見えやすくなります。
| 言葉 | ざっくりした意味 | 日々是好日との違い |
|---|---|---|
| 一期一会 | 一生に一度の出会いと思って今この瞬間を大切にする | 「出会い」や「一回きりの機会」に焦点がある |
| 主人公 | 自分の人生の主役は自分自身だという自覚 | 主語が「自分」で、主体性や自立にフォーカスしている |
| 和敬静寂 | 茶道における理想の心構え(和・敬・清・寂) | 茶室という特定の場での心の在り方に特化している |
| 諸行無常 | すべては移ろい変わっていくという真理 | 変化そのものを指し、日々の受け止め方とは少し軸が違う |
一期一会は、「この出会いは二度とないかもしれないから、大切にしよう」という、ある意味で「特別な瞬間」にフォーカスした言葉です。一方、日々是好日は、特別な瞬間だけでなく、どんな日常の瞬間もひっくるめて、「すべての一日が好日」と見ていくスタンスにあります。
主人公という禅語は、「自分の心の舵取りは、自分以外に誰もできない」という、主体性の話が中心です。日々是好日を実践するうえでも、「誰かの評価ではなく、自分の物差しで今日を見つめ直す」という意味で、主人公の感覚はとても大事な土台になります。
そして和敬静寂は、茶道における理想の心がまえを示す言葉です。茶室という限られた空間で、和み・敬い・清らかさ・静かな寂しさを大事にするという意味合いがあります。日々是好日は、茶室の外の日常生活も含めて、「すべての時間」を対象にしている、より広いスケールの言葉だとイメージしてみてください。
ちなみに、茶道の流派で迷っている人向けには、表千家と裏千家はどっちが多いのかを比較した記事も書いています。茶道と禅語のつながりに興味があるなら、表千家と裏千家はどっちが多い?入門者向けガイドもあわせて読んでみてください。
まとめると、日々是好日は「時間の流れ全体」に対する肯定。一期一会は「特別な出会い」、主人公は「自分自身」、和敬静寂は「茶室という場」にそれぞれ焦点がある、という整理がしやすいです。
英語での表現と海外での受け止め方

次に、英語で日々是好日をどう表現するか、という話です。海外の友人に説明したいときや、英文のプロフィールにちょっと一言添えたいときに、ここを押さえておくと便利ですよ。
定番の英訳とその限界
もっともよく使われる英訳は、Every day is a good dayです。シンプルで覚えやすく、英語圏の禅の本や記事でも頻繁に使われている表現です。もう少しカジュアルな解説では、Enjoy every dayという訳が紹介されることもあります。
ただし、このままだと、「楽しい日が毎日続く」といったニュアンスに聞こえやすく、「どんな日も丸ごと受け止める」という禅語としての深さが抜け落ちてしまうこともあります。英語のgood dayは、どうしても「いい感じの日」「ハッピーな日」に寄りがちなんですよね。
禅的なニュアンスを補う英語フレーズ
そこで、私がよくセットで使うのが、次のような補足フレーズです。
- Every moment is perfect as it is.(あらゆる瞬間は、そのままで完全だ)
- Acceptance of the present moment, whatever it may bring.(どんなことが起きても、今この瞬間を受け入れること)
こうした一文を添えることで、「結果として良かった日だけをgood dayと呼ぶわけではなく、結果の良し悪しに関わらず、その日を受け止めていく姿勢のことなんだよ」というニュアンスを伝えやすくなります。
例えば、海外の友人に説明するときは、こんな感じの英語で話すことが多いです。
- In Zen, we say “Every day is a good day”.
- It doesn’t mean that every day is happy or lucky.
- It means that every moment is perfect as it is,
- if we can accept it without judging it as good or bad.
このくらい説明してあげると、「ああ、ポジティブシンキングっていうより、受け入れることの話なんだね」と、理解してもらいやすくなります。
英語での表現を考えてみると、自分がこの言葉にどんな意味を込めているのかも、改めて見えてくるのでおすすめです。翻訳を通して、自分の理解をチューニングしていく感覚ですね。
公案と哲学的背景に見る核心思想

ここで、もう一度原点に立ち返って、公案としての日々是好日の背景を整理しておきます。ここを知っているかどうかで、この言葉の見え方がけっこう変わるので、少しじっくり目に行きますね。
「十五日已前・十五日已後」の公案
雲門文偃が弟子たちに投げかけた有名な公案は、こんな構図です。雲門が弟子たちに向かって、
- 「十五日已前は問わぬ。」(今までの十五日間のことは問わない。)
- 「十五日已後、一句を道い来たれ。」(これからの十五日を、一句で言ってみよ。)
と問いかけます。弟子たちは、「悟りの前」と「悟りの後」を時間軸で分けようとしながら、「じゃあ悟った後の理想の状態って、どんなふうに言えばいいんだろう…」と考え込んでしまい、結局答えが出せません。
その沈黙の中で、雲門が自ら口を開き、短く、しかし力強くこう言います。
「日日是好日」
悟りの後の理想の境地を、長々と説明する代わりに、「どの日も好日だ」とだけ言い切ってしまったわけです。この一言で、過去・現在・未来、成功・失敗、喜び・悲しみといったすべての二元的な分け方を、一気に溶かしてしまっているんですよね。
「悟りの後って、どんなすごい世界なんですか?」という問いに対して、「いや、どの日も好日だよ」とさらっと返す。このギャップこそが、禅ならではの衝撃だなと感じます。
特別な境地ではなく、「今ここ」の徹底
この公案がおもしろいのは、「悟った後のどこか遠い理想世界」を語っていないところです。悟りというと、「すべての悩みが消えて、ずっと平和で幸せな状態になる」と想像しがちですが、雲門が提示しているのは、もっと地に足のついた視点です。
どんな日も、その日その瞬間が「これでよし」としか言いようのない完全な一日である。そのことに気づいている状態こそが、悟りの真ん中にある、というメッセージが込められています。
だからこそ、日々是好日は「悟った人だけが言える特別なセリフ」というより、「悟りに向かって歩いている途中の私たちが、毎日に何度でも唱えてみていい言葉」なんだと思います。完全に腑に落ちていなくても、「こうありたいな」と思いながら口にすることで、少しずつその方向に心が整っていく感じですね。
現代社会における自己受容のヒント

最後の一歩として、現代社会と日々是好日の関係をもう少しだけ見ておきます。ここが腹落ちすると、「この言葉を自分の暮らしのどこに置いておこうかな」というイメージがかなり具体的になるはずです。
「もっと」「まだまだ」に疲れた心へ
今の私たちは、常に「もっと」「まだまだ」と背中を押され続ける社会に生きています。もっと勉強しよう、もっと成果を出そう、もっと効率的に、もっと成長しよう…。それ自体が悪いわけではありませんが、ブレーキがない状態だと、どこかで必ず息切れします。
日々是好日は、この「もっと」「まだまだ」の流れに対して、そっと「ここで一回ストップ」と言ってくれる言葉です。「今日の自分は、完璧じゃないかもしれない。でも、ここまで生きてきた今日という一日は、丸ごと好日として扱ってあげてもいいんじゃないか」と、視点を変えてくれます。
自己肯定感と日々是好日のちょうどいい距離感
最近よく聞く「自己肯定感」という言葉とも、日々是好日は相性がいいです。ただし、自己肯定感=自分サイコー!と勘違いしてしまうとしんどくなることもありますよね。日々是好日は、そこまでテンションを上げなくてもよくて、
- 今日の自分はたしかにミスもしたし、うまくできなかったこともある
- でも、その不完全さごと、今日という一日を否定せずに受け止めてみよう
という、落ち着いた肯定の仕方を教えてくれます。
「いつも最高の自分でいなきゃ」ではなく、「今日の自分を雑に扱わない」ための言葉として、日々是好日をそっとポケットに入れておく。そんな距離感が、いちばん心にやさしい気がしています。
プロでも限界を感じるときはあるからこそ
最後にもう一度だけ。もし今、心や体の不調がつづいていて、仕事や日常生活に支障が出ていると感じるなら、禅語や名言だけでなんとかしようと頑張りすぎないでください。どれだけいい言葉でも、それだけで全部の問題が解決するわけではありません。
医学的なサポートやカウンセリングが必要なケースもありますし、生活環境や働き方の調整が必要なケースもあります。この辺りは本当に人それぞれなので、「自分だけでなんとかしよう」と抱え込まずに、専門家や公的な相談窓口の力も、遠慮なく借りてほしいなと思います。
そのうえで、日々是好日は、あなたが毎日の中で自分を少しだけ大切に扱うための小さな合言葉として、そっと寄り添ってくれるはずです。
まとめ:日々是好日と日日是好日はどっちを使うのが正解か
最後に、この記事のテーマである「日々是好日 日日是好日 どっち?」という問いに対する、私なりの結論をまとめておきます。ここまで読み進めてくれたあなたなら、きっと自分なりの答えも見えてきているはずです。
- 原典に忠実な表記という意味では、日日是好日がベース。
- 現代日本語として広く定着しているのは、日々是好日。
- 禅や茶道の雰囲気を大事にしたいときは、日日是好日・にちにちこれこうにち。
- 日常の座右の銘やSNSなどで柔らかく使いたいときは、日々是好日・ひびこれこうじつ。
つまり、「どっちが100%の正解」というより、シーンや自分の好みによって選び分けていくのが、いちばん実用的な答えかなと思います。どっちを選んでも、そこに込める気持ちが「今日という一日を丸ごと受け止めていこう」というものであれば、日々是好日の精神から外れることはありません。
今日の一日がどんな日だったとしても、寝る前にそっと「まあ、これも日々是好日だったか」とつぶやいてみる。その小さな一歩から、少しずつ心の景色が変わっていくかもしれません。日々是好日と日日是好日のどっちを選ぶかは、あなたの自由です。大事なのは、そのどちらを通して、どんなふうに自分の毎日と付き合っていきたいか。この記事が、その答えを見つけるヒントになっていたら、とてもうれしいです。

